茨城県議会議員|加藤あきよし
未来に安心、未来に夢を。-みんなが笑顔になるための政治-
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加藤あきよし|プロフィール|笑顔政策

家族写真

加藤あきよし|プロフィール

昭和43年2月水戸市生まれ。
水戸市立浜田小学校卒、水戸市立第三中学校卒、県立勝田工業高校卒(フェンシング部で県大会優勝〈個人〉・インターハイ・国体出場)、専修大学商学部卒。
民間企業で約2年間ニュージーランド駐在。
平成4年から狩野安参議院議員の公設秘書を16年間勤めた後、長谷川大紋参議院議員の公設秘書として2年間勤務。
平成22年12月 県議会初当選。茨城自民党所属。

加藤あきよし|現在の役職

茨城県議会土木企業委員会
副委員長
自由民主党茨城県連合会
副幹事長
茨城県武術太極拳連盟
会長
茨城県フェンシング協会
副会長
茨城県インディアカ協会
会長
水戸市サッカー協会
会長
水戸市水泳協会
顧問

加藤あきよし|これまでの主な議会活動等

平成26年 12月 茨城県議会議員 2期目当選
9月 本会議 一般質問(4回目)
3月 県出資団体等調査特別委員会 委員
1月 農林水産委員会[常任]副委員長
平成25年 10月 本会議 一般質問(3回目)
1月 土木企業委員会[常任]委員
決算特別委員会 委員
平成24年 9月 本会議 一般質問(2回目)
1月 予算特別委員会 委員(3/19 一般質問に登壇)
文教警察委員会[常任]委員
茨城県議会基本条例検討委員会 委員
平成23年 12月 本会議 一般質問(1回目 初登壇)
6月 東日本大震災復興・元気ないばらきづくり調査特別委員会 委員
1月 土木委員会[常任]委員
平成22年 12月 茨城県議会議員 初当選

加藤あきよし|家族

妻・真理子と2人の子ども達。
政治の話ばかりではなく、子どもを持つ親として、スポーツ振興や地域の行事、支援活動にも積極的に参加しています。そうした人と人との関わりや、何気ない日常から見えてくる茨城の姿にはたくさんの気付き、学びがあり、政策へと確実に活かされています。

加藤あきよし|真理子夫人からのコメント

パパの事、水戸のこと。

「主人は、子育てや家事など、けっこういろいろと手伝ってくれます。子煩悩な父親で、子どもを注意したりする時にもフォローしてくれます。家族を大切にしてくれるパパです。私は関西の出身ですが、水戸地区は都心にも近く、土地も広く、風光明媚なので、大きな発展の可能性があると思います。みんなが元気になって、誰もが訪れたくなるような地域になることを望んでいます。」

加藤あきよし|加藤あきよし物語|笑顔政策

加藤あきよし|原点

生まれ育ちは水戸市とお聞きしました。そのころ水戸はどんな街でしたか。また加藤少年はどのような子どもでしたか。

水戸市柳町、旧竹隈町で生まれ、下市商店街に連なる一角の小さな酒屋に4世代10人家族という大所帯の中で育ちました。

私が子どものころは、今と比べてまだまだ道路や下水道などの基盤整備も行き届いてなくて、とても裕福とは言えない時代だったと思います。でも、地域の行事やお祭りになると町内が一つになって取り組み、とても活力がありました。

当時は、お年寄りや子どもたちも、みんな今よりももっと笑顔で暮らしていたように思います。

小学校の後半から剣道を始め、中学の部活も剣道でしたが、当時、フェンシングの日本代表監督を務める永野武晨監督の誘いでフェンシングのクラブをのぞきに行ったら、「強くしてやるぞ」と言われ、気軽な気持ちでフェンシングをやることにしました。始める前は優雅なイメージでしたが、実際やってみたら、想像以上に厳しい格闘技でしたね。

加藤あきよし|出会い

高校や大学時代に打ち込んだものはありましたか。それらを通じて得られたものはありますか。

永野監督が教員として勤務されていた高校に入学し、フェンシング部に入りました。2年生のインターハイは団体戦で全国2位、2学年後からはオリンピック選手を輩出するなど、全国レベルの強豪校でした。厳しい指導と練習に鍛えられ、特に永野先生の厳しさには定評がありましたが、愛情を秘めたすばらしい指導者で、現在も第一線の指導者としてご活躍です。

フェンシングというスポーツがわたしの体力をつくり、基礎体力を付け、その後、健康に暮らせる体にしてくれたのは間違いありません。騎士道を通して、知らず知らずのうちに精神的にも鍛えられ、自信につながっていたのではないでしょうか。競技を通じて得た人との出会いやつながりも大事な財産です。

加藤あきよし|転身

大学卒業後、一度は民間企業に就職したわけですが、国会議員秘書への転身のきっかけ、経緯を聞かせてください。

大学卒業後、ニュージーランドにホテルを持つリゾート開発会社に就職し、オークランドにある経営管理会社に派遣されました。ニュージーランドは自然が豊かなとても美しい国で、文化や言葉の違う国での生活はとてもいい経験となりました。

当時、現地のニュースで日本の国会で行われていた“牛歩戦術”が取り上げられているのを見て、理解しがたい行動に疑問を持ちました。

政治家を父にもつ私にとって、政治とは、弱い立場にある人や困っている人を助ける優しさを持ち、より良い社会やまちづくりに情熱を傾けるという高潔なものだと思っておりましたから、その報道に強い憤りを感じました。

ちょうどそのころ、恩師の狩野安先生が初めて参議院選挙に立候補することとなり、強い関心があった私は、自ら進んでお手伝いに飛び込んでおりました。

狩野安先生の地元を愛する強い情熱に触れ、国政に取り組もうとする人のエネルギーに圧倒されたことを、今でもよく憶えております。この人の下で自分の力を尽したいとの思いを強くし、押しかけるように国会議員秘書という立場に身をおく事となりました。

※茨城新聞掲載のインタビューを基に構成しました。

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